時をかける彼女たち
金沢21世紀美術館で開催中の、江口寿史/"彼女"展に行ってきた。
江口寿史イラストレーション展「彼女」:イベント情報(石川・富山):北陸中日新聞から:中日新聞(CHUNICHI Web)www.chunichi.co.jp
江口寿史といえば、もしかすると私たちの親世代、今の50代前後の人の方がよく知っているかもしれない。
ギャグ漫画家としても有名だが、とくに最近では広告やイラストレーションなんかの仕事も広くやっていて、MATCHの広瀬すずのイラストなんかは誰しも見覚えがあるのではないだろうか。
そんな江口寿史の多岐にわたる画業のなかでも、特にファンの多い、(美形の)女の子を描いた作品をピックアップした展示がこの、彼女展である。
会場内は全て撮影可能とのことだったので、いくつか写真も撮影してきた。
等身大パネルの女の子たち。
完全に漫画タッチなのに、今にも話しかけてきそうなリアリティ。
原画。ホワイトやトーンなどの作業の痕跡を垣間見れる。
余談だが、江口寿史の奥さんで元アイドルの水谷麻里が、とてもかわいくて好みである。
そして若かりし頃の彼女の雰囲気は、まるで江口寿史の描く美少女そのもののようだ。
芸術家というのは、日常のすべてを画業の糧にして生きている。
当然、彼の画業に彼女の与えたインスピレーションも計り知れないものがあるだろう。
展覧会のタイトルである"彼女"とは、もしかしたら彼に取っての彼女―水谷麻里のことなのかもしれないと、思わずにはいられない。
金沢からバスにのって一時間ほど富山方面に山の中を駆け上ってゆくと、
湯涌温泉という 感じの良い山の中の小さな温泉街が現れる。
途中の景色もすばらしく、曇天つづきで定評のある金沢で、
運良く快晴の日であったこの日、
バスから眺める川面のきらめきや空の青を反射する水田の美しさといったら、
ほんとうに完璧だ、と、うっとりしてしまった。
バスは途中からバス停のないエリアに突入し、「ここから先はお好きな箇所でお降りいただけます」という、衝撃のアナウンスに、山の中へ来ているのだという高揚感でいっぱいになる。
温泉街にある喫茶店で、おかみさんのお手製カレーライスをいただいた。
カウンタ—の正面には山田孝之の色紙が。
仕事ではなく、友人を訪ねてここへやってきたのだという。全くその存在に気付かないおかみさんに、お客さんの一人が気付いて教えてくれたのだとか。
案外普通にこの温泉街に馴染んでカレーを食べる山田孝之を想像して、ああ良いな、と思った。
温泉街にきた本当の理由は、この、竹下夢二美術館を訪れるためだった。
版画作品にフォーカスして構成された本展は、
当時の日本に漂っていた古き良き空気感をまだ鮮やかに保っていて、
都会の喧噪から離れた温泉街の非日常感とあいまって、まるで大正にタイムトリップしてしまったかのような錯覚を覚えた。
そもそも、この竹下夢二美術館が湯涌温泉の地につくられたのも、
彼もまた、この地に惹かれてやってきた訪問者のひとりだったからである。
つねに女の噂の絶えなかった彼には、その生涯で3人の重要なパートナーがいた。
はじめの妻であった、美しき女性、たまき。
許されざる恋の相手で、最愛の人、彦乃。
絵のモデルとして知り合った、しなやかな魅力のお葉。
それぞれの女性が、そのつど深く彼の心を揺さぶり、絵のモデルとなり、公私ともに彼の生活を支え、彩った。
美術館のビデオ資料コーナーでは、彼の人生ドラマをダイジェストで学ぶ事ができる。
全6編あるビデオの全てを見たが、そのあまりにも刹那的な生き様には、憧れの気持ちより、正直、慰めの気持ちのほうが勝っていた。
彼は、苦しかったのではないか。
病気で最愛の人・彦乃を早くに亡くし、頼れるものは自らの描く絵と女達だけだったのではないだろうか。
彼はとても、弱い人だったのではないか。
そうでなければ、
あんなに女というものを魅力的に描く事はできないだろう。
大正の美人画を夢二が描くなら
そうやって、いつの時代も無口な「描かれた女たち」は、
その時何を想い、なにを感じていたのだろうか。
もしかすると、彼らの筆によって描かれる事で、彼女達は「しゃべって」いたのかもしれない。
その存在を、唯一そのたたずまいから伝えていたのかもしれない。
一度に2人の画家の"彼女たち"を目撃した私は
美しさは時をかける、
という確信のような気持ちを胸に、金沢の街をあとにした。
◎ほんじつの右手ライティング 2018.5.5
夢二の有名な黒猫を抱く美人画「黒船屋」は、美人の腕に抱かれる黒猫に夢二自身を投影していたとも言われる。(参照:美の巨人たち)
*1:
右手ライティングとは?
左利きの落書き名人あーりーによる、右手を使ったライティング&ドローイングのコーナー。
使い慣れない右手が醸し出すヘタウマの可能性を地道に追い求めていく。